東京地方裁判所 平成7年(ワ)22516号 判決 1997年12月17日
原告(反訴被告)
全日本海員組合
右代表者組合長
中西昭士郎
右訴訟代理人弁護士
田川俊一
同
北新居良雄
右訴訟復代理人弁護士
渡辺征二郎
被告(反訴原告)
光世投資顧問株式会社
右代表者代表取締役
荒木愼二
被告
澤田裕次
右二名訴訟代理人弁護士
白根潤
主文
一 原告(反訴被告)の本訴請求を棄却する。
二 原告(反訴被告)は、被告(反訴原告)に対し、一三七四万一二三〇円及びこれに対する平成五年七月一日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
三 訴訟費用は、本訴反訴を通じ、原告(反訴被告)の負担とする。
四 この判決は、第二項及び第三項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
(略称) 以下においては、原告(反訴被告)全日本海員組合を「原告」と、被告(反訴原告)光世投資顧問株式会社を「被告会社」と、被告澤田裕次を「被告澤田」とそれぞれ略称する。
第一 請求
一 本訴請求
被告らは、原告に対し、連帯して八億五六八七万一七三四円及びこれに対する平成五年一月二一日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
二 反訴請求
主文第二項同旨
第二 事案の概要
本件は、被告会社との間で投資一任契約を締結してその信託財産の運用を委ねた原告が、被告会社の運用担当者である被告澤田の忠実義務違反ないし善管注意義務違反により、信託財産の減少という損害を被ったとして、被告会社及び被告澤田に対し、債務不履行又は不法行為による損害賠償を請求し、他方、被告会社が、原告に対して右投資一任契約に基づく報酬の支払を請求した事案である。
一 争いのない事実等
(証拠により認められる事実については、認定に供した主な証拠を略記して摘示する。また、書証を摘示する場合、成立に争いがないか、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められるときは、その旨の記載を省略する。以下本判決において同様。)
1 当事者
(一) 原告は、海上労働者(船舶の乗組員)を組合員とする労働組合である。
(二) 被告会社は、昭和六一年六月に有価証券に関する投資顧問業務等を事業目的として設立された投資顧問会社である。
(三) 被告澤田は、原告と被告会社との間の後記投資一任契約において、原告の資産の運用についての投資顧問業務を遂行すべき運用担当者(ファンド・マネージャー)であった。
2 投資顧問契約の締結等
(一) 原告と中央信託銀行株式会社(以下「中央信託」という。)は、昭和六一年一二月二二日付で特定金銭信託契約を締結し、同六二年七月一日付で右契約の内容を一部変更した。(甲一〇)
(二) 原告と被告会社は、昭和六二年七月一日付で投資顧問契約を締結し、さらに同六三年七月一日付で投資一任契約(以下「本件一任契約」という。)を締結した。
(三) 原告、被告会社及び中央信託は、昭和六三年七月一日付で特定金銭信託契約に関する協定書(甲九)を締結した。
(四) 右(一)から(三)の各契約により、原告が中央信託に預託した特定金銭信託財産(以下「本件ファンド」という。)の運用は、昭和六三年七月一日以降、原告の代理人としての被告会社の指図に基づいて行われることとなった。
(五) 本件一任契約は、契約期間を一年間として、自動更新の約定により毎年七月一日に更新されていたが、平成五年六月三〇日、契約期間の満了により終了した。
3 報酬の約定と平成三・四年度の報酬額
(一) 本件一任契約中には、原告が被告会社に支払うべき報酬について、平成二年七月一日以降は、契約更新の日又は契約資産の変更のあった日から一週間以内に、左記の方法により計算した金額を支払う旨の約定があった。
記
① 契約資産額が一〇億円を超え二〇億円までの場合の報酬年額は、
540万円+(契約資産額−10億円)×0.35%
とする。
② 期間が一年未満のときは三六五日の日割計算とする。
③ 一〇〇〇円未満の端数が生じたときは切り捨てる。
④ 期間中に契約資産の増額変更があったときは、増額変更後の金額を基準として、残存契約日数に応じて算定した報酬金額から、支払済みの残存契約日数分に相当する金額を控除した残金を支払う。
⑤ 消費税は別途支払う。
(二) 右約定により計算した報酬は、別紙「全日本海員組合に対する未収投資顧問報酬の内訳」のとおり、平成三年度(平成三年七月一日から同四年六月三〇日まで)分が六九一万七四八〇円、平成四年度(平成四年七月一日から同五年六月三〇日まで)分が六八二万三七五〇円であり、合計一三七四万一二三〇円(いずれも消費税込み)になる。
二 争点
1 被告澤田の判断に基づく被告会社の運用指図について、本件一任契約上の忠実義務違反ないし善管注意義務違反が認められるか
2 右義務違反があった場合、それによって原告が被った損害及びその金額
3 被告会社の原告に対する投資顧問報酬請求権の存否
三 争点1(忠実義務違反ないし善管注意義務違反の有無)について
1 原告の主張
(一) 被告会社の負う義務
(1) 投資一任業務の内容
原告は、被告会社に対して、本件一任契約の第一条に基づき、本件ファンドの運用について、有価証券等金融資産の価値の分析に基づき投資判断をすること及び右投資判断に基づき原告を代理して投資を行うのに必要な証券取引行為を行うこと等を一任した。ただし、投資一任業務の範囲については、協議のうえ投資一任細則により定めることとした。
また、被告会社は、原告に対して、本件一任契約の第二条において、本件ファンドの運用に関して、原告の投資方針を尊重すると共に資金の性質などを十分考慮して運用を行うことを約した。
(2) 法令上の義務
有価証券に係る投資顧問業の規制等に関する法律二一条によれば、「投資顧問業者は、法令の規定及び投資顧問契約の本旨に従い、顧客のため忠実に投資顧問業を行わなければならない。」こととされており、本件一任契約の第五条及び第一〇条においても、これと同旨の規定がある。
(3) 被告会社の注意義務の内容
右(1)及び(2)によれば、被告会社は、原告に対し、本件ファンドの運用について、資金の性質や原告の投資方針に沿って、証券取引についての専門家としての注意義務を尽くすことが要求されている。
(4) 原告の資金の性質及び投資方針
原告は労働組合であり、その財政収入は組合員が支払う組合費によって賄われている。原告の会計規則上は、資金の運用を「預金」で行うことを原則としていたが、本件ファンドは、従来余裕資金を中国ファンドや貸付信託等の形にしていたものを、銀行利息より少しでも有利な運用益が出るようにとの考えから、特定金銭信託により運用することにしたものである。
したがって、本件ファンドは、元本の確保を危うくし、投資資金の大半を失うような著しいリスクを冒してでも大きなリターンを目指すような投機的取引を行う必然性や合理性がない資金であり、原告の投資方針もせいぜい「銀行利息を上回る利益を確保すること」であった。
(二) 被告会社の忠実義務違反ないし善管注意義務違反行為
ところが、被告会社は、被告澤田を通じて、右(一)(4)のとおりの資金の性質及び投資方針に反して、以下のように原告の利益を無視した無謀な投資運用を行った。
(1) 被告会社の実質的な親会社である光世証券株式会社(以下「光世証券」という。)の利益(手数料収入)を図ることを目的として、原告の資金の性質や投資目的に照らして過大な取引(過当取引)を行った。
(2) 他人の資産の運用に与る専門家として当然とるべき標準的手法から著しく逸脱し、いわゆる分散投資の原則やポートフォリオ・マネージメントの手法を無視した。
(3) 社内的な運用体制・チェック体制が整備されておらず、本件ファンドについてポートフォリオの組織的チェックを行わなかった。
(4) 本件一任契約期間中に運用手法を変えることなく、リスク管理なしに頻繁な売買を繰り返した。
(5) 株価下落局面で、ワラントへ過大かつ偏在的な投資を行った。
(6) 平成二年九月に、被告会社が運用を委ねられていた東海銀行の口座から原告の口座ヘワラントの付け替えを行い、東海銀行に利益を計上した。
(7) 光世証券へ取引の集中的な発注をして、手数料稼ぎに奉仕した。特に、他の運用機関が運用にあたる投資信託である「フレッシュ・システム・オープン」を購入し、光世証券に販売代理店手数料を得させた。
これらの被告会社による義務違反(忠実義務違反ないし善管注意義務違反)行為は、一体的に評価されるべきものであり、したがって本件一任契約に基づく被告会社の運用の全体が原告に対する債務不履行となる。
(三) 被告澤田の責任
被告澤田は、本件一任契約において実際の運用を行った担当者であったから、原告に対して被告会社と同様の注意義務を負っていたところ、被告澤田による実際の運用は右(二)のとおりその注意義務に違反したものであったから、被告澤田は、原告に対して、不法行為による損害賠償責任を負う。
2 被告らの主張
(一)(1) 原告の主張(一)(1)から(3)は認める。
(2) 同(一)(4)は否認ないし争う。
原告は、その特別会計二八〇億円のうちの余裕資金一二〇億円を運用に回しており、その一部をハイリスク・ハイリターンの運用に向けたものが本件ファンドである。本件ファンドは、原告の自己資金・余裕資金により構成され、期間的な制約もなく、資金の追加投入も可能である。
また、原告の投資方針は、株式を中心に積極的に運用して一〇パーセント以上の運用益をあげ、毎年六月末の決算時に実現益としてこれを計上して、原告の運用資金全体の運用利回りを上げるというものであった。
(二) 同(二)は否認ないし争う。
同(二)(1)から(7)に関しては、次のとおり反論する。
(1) 被告会社は、光世グループに属し、光世証券と資本関係及び人的関係を有するが、独自に営業活動を行っており、光世証券のために手数料稼ぎをすることはない。株式売買委託手数料は株式投資を行うときに必要な費用であり、手数料率は証券取引所によって定められていて(平成六年四月から一部自由化されるまでは)どの証券会社でも手数料の額は同じであった。光世証券への発注が多いのは、売買の執行が早く、いわゆる「板」の情報を迅速に得られるからである。
(2) 本件一任契約締結当時はいわゆるバブルの時代であったから、底値圏内で固定的なポートフォリオを組んで株式を長期間保有するのではなく、割安の銘柄を選択してタイミングを狙って短期売買により実現益を確保するのが原告の投資方針に適った運用方法であった。
(3) 投資対象銘柄の選択にあたっては、各種情報あるいはレポート等をバーラシステム等を用いて分析し、毎週行われる銘柄選定会議の結果を参考にするなどしてこれを行っている。また、投資管理会議を月二回行い、運用パフォーマンスの総合的な評価、検討を行っている。
(4) 被告会社ではリスク回避のため分散投資を行うことを旨としており、組入比率を一業種三〇パーセント以内、一銘柄二〇パーセント以内とする内部規定を置いている。本件ファンドについては右内部規定を守った運用がされており、平成三年二月にセーレン株を買い増ししたときは、一銘柄二〇パーセントの基準を上回る可能性があったため、内部規定に基づいて被告澤田が原告にその旨を説明して了承を得た。
(5) 原告と中央信託との間の前記特定金銭信託契約では、運用対象として株券、ワラントその他の有価証券が挙げられており、ワラントも運用対象になっていた。バブルの絶頂期である昭和六三年当時、ワラントはハイリターンの見込める商品としてもてはやされ、多くのファンドマネージャーが投資対象として採用していた。
平成二年に株価が下がった際、被告澤田はワラント運用の好機と判断し、同年九月にかけてワラントを買い付け、含み損の挽回に賭けた。当時被告会社では株価は反発すると予測しており、予測は一応的中したものの、その後の株価回復は期待したほどではなかったため、買い付けたワラントの一部が意に反して評価損を抱えることになっただけである。
(6) 平成二年九月一八日に東海銀行のファンドで日本酸素、住友金属鉱業、古河機械金属、三菱重工業の各ワラントがクレスベール証券に売却されたのは、九月中間決算を前にして、外貨建て有価証券保有高の調整のため、東海銀行から売り指図がなされたためである。被告澤田は、右各銘柄は有望で買い時と考えていたので、クレスベール証券から本件ファンドで買付をした。
以上のとおりであるから、被告澤田が両ファンドの運用担当者であっても、右各取引が顧客に対する忠実義務違反となることはない。また、売買価格は値付け業者であるクレスベール証券が決めたものであり、市場価格であるから、価格の公正さを損なうこともない。
(7) 投資信託はそれぞれに特徴を持った商品であり、特徴ある各種の投資信託を組合せて運用することもファンドマネージャーの行う運用手法のひとつであり、投資信託をファンドに組入れることは被告会社の義務違反にはならない。
(三) 同(三)は争う。
被告澤田は、被告会社における運用担当者として誠実に職務を行ったものであり、何ら違法な行為はしていない。
四 争点2(原告の被った損害)について
1 原告の主張
(一) 本件ファンドの減少
(1) 当初の元本
本件一任契約が開始された昭和六三年七月一日時点における本件ファンドの元本は一二億円であった。
(2) 資金の追加投入
原告は、本件一任契約の契約期間である昭和六三年七月一日から平成五年六月三〇日までの間に、合計五億一〇六八万一六七九円を本件ファンドに追加した。
(3) 資金の引出
原告は、右期間中に、合計三億一九七九万五三四八円を本件ファンドから引き出した。
(4) 最終の残高
本件一任契約が終了した平成五年六月三〇日時点における本件ファンドの残高は、簿価にして一〇億六五九八万〇一一八円であるが、うち評価損が七億一五二三万四三八六円あるので、これを差し引くと、時価にして三億五〇七四万五七三二円である。
(5) 以上によれば、本件一任契約の契約期間中に、原告が本件ファンドに投入した資金は、差し引き一〇億四〇一四万〇五九九円減少した。
(二) 右の信託財産の減少は、被告会社の本件一任契約上の債務不履行及び被告澤田の不法行為により原告が被った損害である。
よって、原告は、被告会社に対し、本件一任契約上の債務不履行に基づく損害賠償として、また被告澤田に対し、不法行為による損害賠償として、右損害の一部である八億五六八七万一七三四円及びこれに対する平成五年一月二一日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払をそれぞれ求める。<本訴請求>
2 被告らの主張
原告の主張は争う。原告は、本件一任契約に基づく運用の結果として大きな損失が発生したため、損害賠償請求に名を借りて損失の補填を求めているに過ぎない。
五 争点3(投資顧問報酬請求権の存否)について
1 被告会社の主張
被告会社は、平成三年度及び同四年度(平成三年七月一日から同五年六月三〇日まで)の間、本件一任契約に基づいて、その投資一任業務を誠実に遂行した。
よって、被告会社は、原告に対し、本件一任契約に基づく投資顧問報酬として、一三七四万一二三〇円及びこれに対する支払期日の後である平成五年七月一日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。<反訴請求>
2 原告の主張
被告会社の主張は争う。被告会社には、本訴請求のとおり本件一任契約上の債務不履行(忠実義務違反ないし善管注意義務違反)があるので、原告の被告会社に対する報酬支払義務は発生しない。
第三 争点に対する判断
一 前提事実
1 本件一任契約の締結に至る経緯
(一) 証拠によれば、以下の事実を認めることができる。
(1) 被告澤田は、昭和五八年ころ、光世証券に勤務していた。そのころ、被告澤田は、原告の総務財政局長の八木田宏(以下「八木田」という。)を紹介された。総務財政局長とは、原告の資産運用の実務上の責任者にあたる役職である。八木田は、被告澤田に対して、「船員の老齢化、外国人船員の増加等で組合員数が減少して組合財政の基盤となる組合費の収入が減り、その一方で船員の老齢化により退職給付金等の支出が増えていくので、余裕資金の運用を銀行預金のままでよいか見直しをしている。」旨を述べ、また余裕資金の効率的な運用のため光世証券に原告の口座を開設して、銀行預金から中国ファンドに原告の余裕資金の一部を移し替えた。(乙一三の二頁、第一五回口頭弁論調書と一体となる鈴木辰己証人調書(以下「鈴木②調書」という。)七・八頁、第一六回口頭弁論調書と一体となる被告澤田本人調書(以下「澤田①調書」という。)三・五項)
(2) 被告澤田は、昭和六一年末ころ、原告に対して、特定金銭信託を利用して光世証券が信託財産についての実質的な運用判断を行う、いわゆる「営業特金」による有価証券投資の提案をした。その内容は、運用対象を株式四〇パーセント、転換社債・公社債六〇パーセント程度とし、毎年六月三〇日の決算において信託元本に対して年6.5パーセント以上の実現益を達成することを目標として運用するというものであった。原告は、この提案に応じて、同年一二月二二日付で中央信託との間で特定金銭信託契約を締結し、本件ファンドの運用を始めた。(争いのない事実、甲三七添付の「提案書」と題する書面)
原告は、組合内部の会計処理規則上、「預金」による資産の運用管理を原則としていたが、本件ファンドは原告の会計処理上は「預金」扱いとされるので、右のような運用が可能であった。なお、そのようなこともあってか、原告の中央執行委員会で特定金銭信託により財産の運用をすることの是非等が議題に載せられることはなかった。(甲三七の四頁、鈴木②調書九・一〇頁)
(3) 被告澤田は、昭和六二年五月に光世証券から被告会社に転職していたところ、同年七月一日付で、原告と被告会社との間で、本件ファンドの運用について投資顧問契約が締結された。その際、原告は、被告会社に対し、運用対象について特段の指定をせず、本件ファンドの五億円を株式中心に運用して決算日(毎年六月三〇日)に信託元本に対して年一〇パーセント以上の実現益を達成して欲しいと依頼し、被告会社はこれを了承した。また、原告からは、運用成績が良ければ資金を追加するとの話も出された。(昭和六二年八月及び同年九月の運用成績が好調であったので、原告は、同年一〇月に五億円、同年一一月に三億円の追加資金を本件ファンドに投入し、信託元本は一三億円となった。)。右契約は、投資顧問契約の形をとってはいたが、実態としてはむしろ投資一任契約に近いものであり、実質的な運用判断は被告会社の担当者である被告澤田が行っていた。(争いのない事実、甲八、乙一三の三・四頁、澤田①調書六・七・二五頁)
(4) 被告会社は、昭和六二年九月に大蔵省より投資一任業務の認可を受けたので、右(3)の投資顧問契約の期間満了に合わせて、同六三年七月一日付で、原告との間の契約を投資一任契約(本件一任契約)に切替えたが、原告の運用に対する方針は従前と変わらなかった。その際、契約書の文言上は、投資一任業務の範囲については協議のうえ投資一任細則により定め、その範囲内で原告が被告会社に投資一任することとされていたが、結局、そのような細則は当事者間では作成されなかった。なお、本件一任契約の第二年度中である平成元年九月二五日付で「投資一任契約細則」が作成されたが、これは、投資顧問料の改定を目的とするもので、投資方針を変更したり、新たに投資方法を制限したりするものではなく、被告澤田はその旨原告に説明した。(甲一二、乙一三の五項、第一四回口頭弁論調書と一体となる鈴木辰己証人調書(以下「鈴木①調書」という。)一五・二〇・二一頁、鈴木②調書二六・二七頁、澤田①調書八項、弁論の全趣旨)
(二) 右(一)の(3)及び(4)につき、原告は、原告の資金運用は預金を原則としており、本件ファンドについてもせいぜい銀行預金金利プラスアルファを目標としただけであって、一〇パーセントという高い実現益の達成を要求したことはない、また、組合費から構成される原告の資金の性格上、当然に安全な運用が要求される旨を主張し、これに沿う内容の鈴木辰己(以下「鈴木」という。)ら原告側の関係者の陳述書及び証人鈴木の証言がある(甲三七の二三から二五頁、甲四一の二頁、甲五七の五頁、甲一〇六の二から五頁、鈴木②調書一四から一六頁等)。
しかしながら、本件一任契約締結当時において、鈴木の前任者である八木田が自ら中心となって原告の会計規約上「運用口」を設けて銀行預金以外の積極的な資金運用を始めており、既に、東洋信託銀行及び日本信託銀行との間のファンドトラスト契約による運用も開始されていたこと(甲一〇六の二から五頁)、本件ファンドを含むこれらの運用は原告の会計上「預金」の範疇に含まれていたが、「預金」といってもその本質は元本及び利息の保証された銀行預金とは異なる性質のものであったこと、原告の運用資金の総額は約一二〇億円(鈴木②調書三頁)で、本件ファンドに投入した資金はその一割程度であり、そこで発生する一定限度の損失が直ちに原告の財政基盤に深刻な影響を与えるとは考えにくいこと、後記のとおり本件ファンドの現実の運用が少なくとも第二期目までは実現益一〇パーセント以上の達成に向けて行われていたと解しうること等に照らすと、(二)冒頭の各証拠をそのまま採用することはできず、他に前記(一)の認定を左右するに足りる証拠はない。
2 本件一任契約締結後の本件ファンドの運用状況
(一) 被告澤田が本件ファンドの運用について採用した投資方針
被告澤田は、本件ファンドの運用について、①債券を中心にポートフォリオを組んでいては年間一〇パーセントの実現益という目標は達成不可能であると判断し、②株式及び株式派生商品を中心に運用し、銘柄を随時入れ替えながらタイミングを狙って短期的に運用していくことで目標は達成可能であると考え、③評価損については、原告が実現益を減らすことを望まなかったので、利益が出ているときに併せて処分するか、さもなければ決算期を越えて翌期に持ち越すこととした(第二四回口頭弁論調書と一体となる被告澤田本人調書五から一〇・一七から二〇・二七・三六・三七頁)。
また、被告澤田は、昭和六三年一〇月ころ、本件ファンドでワラントを購入して運用することを八木田に提案し、八木田の同意を得てワラントへの投資を始めた。当時、ワラントは、株式市場が上げ相場に動いたときにはいわゆるギアリング効果により短期間で高い投資効率を実現できるとして、投資家に人気のある株式派生商品であった。(乙一三の五・六頁)
(二) 原告側の責任者の交代
昭和六三年一一月、原告の総務財政局長は八木田から鈴木に交代したが、本件ファンドの運用に関して、八木田から鈴木に対して特段の引継ぎは行われなかった。鈴木は、被告会社及び中央信託からそれぞれ提出される本件ファンドの月次報告書の内容を見てはいたが、取引内容についてのチェックはせず、月次で実現益が出ていることを確認する程度で、評価損についてはいずれ解消されるものと楽観的に考えていた。(甲三七の五・六頁)
(三) 本件ファンドの現実の運用の概況
本件ファンドの運用状況は、次のとおりであった(争いのない事実、甲二七、甲三五、甲四〇、甲七七から八一。なお、甲二七、甲三五及び甲四〇は、いずれも原告の財政部職員が作成した二次的な資料である(甲七六)が、その裏付けとなる一次資料である甲一八から二六(中央信託が作成したと認められる)に記載された株式の取引内容と甲二七・甲三五の当該部分の内容を照らし合わせるとほぼ一致していることから、これら原告作成の二次資料についても、本件ファンドの現実の運用状況をまとめたものとして基本的に信頼してよいと考えられる。)。
(1) 第一期(昭和六三年七月から平成元年六月)
① 期首の信託元本は一三億円であり、うち約一五パーセントを株式、約八〇パーセントを銀行預金で保有していた(原告は期首の信託元本を一二億円と主張するが、期首の元本は右のとおり一三億円で、期中に二億円の追加と一億円の払出があった。)。
② 潤沢な手元資金を背景に、昭和六三年七月には集中的に株式投資を行った。同月中の株式の買入総額は約一九億円、売却総額は約一一億円であり、これによって本件ファンドの資産構成は、一転して株式中心に変化した。この間の株式売買益は合計約五五〇〇万円であった。
③ 昭和六三年八月から平成元年六月までの株式投資は、月間で買入総額一〇億円を上回る月が三回、売却総額一〇億円を上回る月が二回あり、取引額の小さい月でも買入・売却ともに三億円台が最低であるなど、基本的には活発に推移した。その間、平成元年一月には株式を大きく売り越し、一時的には銀行預金及び中国ファンドの比率を五〇パーセント以上にしたが、同年五月までには再び株式中心の資産構成を回復した。
昭和六三年一〇月からはワラントに対する投資が始まり、徐々にワラントが本件ファンドの資産構成の二〇パーセント弱を占めるようになった。
④ 決算を控えた平成元年六月には、評価損を抱えた株式及びワラントをある程度まとめて処分(なお、評価損を抱えた株式は、それ以前にも継続的に処分されてきたものであり、この月に限って損失を計上したわけではない。)し、これらによって約二七〇〇万円の損失を出したが、本件ファンド全体の年度累計では約一億八一〇〇万円の実現益を計上した。
⑤ なお、決算時において、本件ファンドは約一億一一〇〇万円の評価損を抱えていた。もっとも、前記(昭和六二年七月一日から同六三年六月三〇日までの投資顧問契約に基づく運用)との比較でいえば、保有する有価証券の金額の違いを考慮すると、割合的にみて含み損が拡大したというほどではない。また、平成元年六月及び第二期の初期にある程度まとめて評価損を抱えた有価証券を処分していることに照らせば、含み損を放置して何らの対応策も講じなかったとは言い難い。
⑥ 以上によれば、第一期については、本件ファンドは株式中心に短期的な売買取引を繰り返す形で運用が行われ、ワラントにも相当の資金が投入されたが、株式市場の好調にも支えられて、本件ファンドはほぼ順調に実現益を積み重ね、評価損を抱えたものは適宜処分しつつ、期末には目標水準の年一〇パーセントを上回る実現益を達成した、ということができる。
(2) 第二期(平成元年七月から同二年六月)
① 期首の信託元本は一四億円であり、うち約七〇パーセントを株式で保有していた。ワラントは前期末に相当部分が処分されており、五パーセント弱の比率であった。
② 平成元年七月及び八月には、評価損を抱えた株式をある程度まとめて処分して損失を計上した。同年一二月までは、前年の水準は下回るもののやはり活発な売買取引を継続し、一二月末時点での累計では、株式及びワラントの取引による損益は、約八六〇〇万円の利益となっていた。なお、この段階ではワラントに対する投資比率は二〇パーセントを超えていない。
③ 平成元年一二月をピークに、その後の株価は急激に下落した。いわゆるバブル経済の崩壊である。これに合わせるように、平成二年一月から四月までの本件ファンドによる株式取引総額は一転して低水準になり、ワラントの買い越しが増えて本件ファンドに占める比率は三〇パーセントを超えるに至った。この間の株式取引は差引きでみると赤字であり、ワラントによる利益を合わせても累計の損益は平成元年末を下回ることとなった。
④ 株価は平成二年五月ころに一時持ち直すかに見えたが、同年九月にかけて再び急激に下落した。本件ファンドの運用も平成二年五月には再び一時的に活発になり、株式取引で約五三〇〇万円の利益を挙げたが、同年六月はそれに若干の上積みをするにとどまった。
⑤ 決算時において、本件ファンドは約一億三九〇〇万円の実現益を計上し、これは期中の信託元本の平均額との比較では九パーセント強であって、目標を若干下回った。他方、本件ファンドの抱える含み損は、約四億一四〇〇万円と大きく拡大した。
⑥ 以上によれば、前半は株式市場の好調に支えられて順調に含み損を解消しつつ利益を上げていたが、一転して市場が下落傾向になった後半は取引がままならず、目標の達成が極めて困難となった。一時的に株価が回復の兆しを見せた時期に集中的な株式取引を行って何とか目標水準に近い実現益を確保したが、評価損を抱えた株式・ワラントの処分をするだけの余裕はなく、評価損を一気に拡大することとなってしまった。また、株価の反発を期待して購入したワラントの比率が拡大して、本件ファンドが株価下落局面で抱えるリスクはさらに大きくなった、ということができる。
⑦ ところで、この期中の平成二年二月ころ、鈴木は、原告の会計監査を行っている監査法人から、本件ファンドにおけるワラントの組入が多く、危険ではないかとの指摘を受け、被告澤田に対してこの点を尋ねた。これに対し、被告澤田が「本件一任契約上はワラントの組入比率の決定も被告会社の判断に任されており、株式だけでは長いレンジで見ないと利益が上がらない。ワラントは利益も大きく、以前からこれを組み入れてきたので、これを変えることはできない。」などと答えたので、鈴木はこれについてそれ以上の異を唱えなかった。(甲三七の六・七頁)
(3) 第三期(平成二年七月から同三年六月)
① 期首の信託元本は一六億円であり、うち約六四パーセントを株式で、約三四パーセントをワラントで保有していた。
② 株価の下落は止まらず、平成二年九月まで下がり続けた。回復の見込みなしと判断された株式は評価損を抱えたまま売却処分され、同年七月から九月までの三か月間で約二億三九〇〇万円の実現損を計上した。平成二年九月にはワラントを大きく買い越し、ワラントが本件ファンドの五〇パーセントを超えたが、同年一〇月にかけて株価は一時回復の兆しを見せたものの、間もなく反落するなど一進一退の状況が続き、ワラントでは平成二年一〇月に若干の利益を上げた他は、同年一一月及び一二月には合計約二九〇〇万円の損失を計上した。
③ 平成二年末から同三年六月までは、基本的に本件ファンドの運用は極めて低調で、全く売買の行われない月すらあった。平成三年三月に若干の利益を計上した他は損失が拡大する一方であり、本件ファンドは期末には約三億五八〇〇万円の実現損を計上した。さらに、本件ファンドの抱える評価損は約七億四五〇〇万円に拡大した。なお、信託元本は期中に一億円の追加があったため、一七億円となった。
④ 中央信託の見解では、特定金銭信託契約の運用期間満了(決算期)に当たって、実現損は信託元本の減少として処理しなければならないとのことであり、そのままでは原告の平成三年七月末の会計年度の決算において右実現損を計上しなければならず、そのことが組合幹部の責任問題に発展することが懸念された。そこで、原告は、中央信託と協議のうえ、本件ファンドの決算期を一か月延ばして平成三年七月三一日とし、原告の当該年度の会計決算において右実現損が計上されるのを回避した。(甲四一の一四・一五頁、鈴木②調書二一から二三頁)
⑤ 以上によれば、期首時点での資産構成の抱えるリスクが株価の下落によって表面化し、株式による実現損・評価損だけでなく株価の反発を期待して購入したワラントもその予想が外れて損失の拡大につながる結果となり、実現益どころか大幅な実現損を計上せざるを得なくなった、ということができる。
⑥ この期中である平成二年八月ころ、同年七月の月次報告書を見て約九〇〇〇万円の実現損が発生していたことから、鈴木は被告澤田を呼んで面談し、実現損をとにかく回復せよと要求すると共に、ワラントへの投資に対して疑問を提起した。しかし、被告澤田はその後もワラントの購入を続けており、鈴木に対しては、「今後株式市場が回復する見込みであり、短期的にワラントで利益を上げて損失を回復する方針である。」旨説明していた。(甲三七の一〇頁、甲三七添付の「信託財産運用状況報告書」と題する書面、鈴木①調書一二・二三・二四)
(4) 平成三年七月以降
① 平成三年七月以降の本件ファンドの運用は、引き続き極めて低調であった。
② 鈴木は、平成三年の秋ころ、被告澤田に対して、原告の了解なしには一切の売買をしてはならないと申し向け、その後の本件ファンドにおける運用は、全て原告が個別に了承を与えたものに限られるようになった。
平成三年九月に伊藤忠商事の株式を処分して約二四〇〇万円の損失を計上した後は、売買益を計上できるものにほぼ限定して取引が行われた。ただし、それによる利益はわずかである。平成四年七月末(第三期の期末に決算期を一か月後ろに延ばしたので、第四期の決算期は平成四年七月になる)では約一二〇〇万円の損失を計上したにとどまるが、評価損は約一〇億四六〇〇万円に拡大した。
③ その後、原告と被告会社との間の本件一任契約は、平成五年六月三〇日をもって終了した。(争いのない事実、甲三七の一四頁、鈴木②調書二四・二五頁)
④ 右によれば、平成三年七月以降は本件ファンドは膨大な評価損を抱えて身動きがとれなくなり、特に同年秋以降は原告の了承なしに取引をすることが事実上できなくなったので、評価損を抱えた株式やワラントは処分されることなく推移し、本件ファンドの抱える評価損はさらに拡大することとなった、ということができる。
二 被告会社及び被告澤田の注意義務
1 投資一任を受けた投資顧問業者の行う投資判断における裁量権
本件一任契約においては、投資判断を一任された被告らの裁量的な判断によって本件ファンドの運用が行われる仕組みとなっている。したがって、被告らが与えられた裁量の範囲を逸脱し、又は右裁量権を濫用して投資判断を行わない限り、被告らに注意義務違反による違法の問題は生じない。
もとより、被告らの裁量権は無制限のものではなく、法令及び本件一任契約の本旨に従い一定の規律を受けていることは否定できないから、そのような規律に反した投資判断をするのは裁量権の逸脱にあたるということができるし、被告らが自己又は第三者の利益を図る目的で投資判断を行えば裁量権の濫用にあたることになる。したがって、それによって原告に損害が発生した場合には、被告らはその損害を賠償しなければならない。
ただし、投資一任契約における投資顧問業者の投資判断は、すぐれて専門的なものであり、また市場の先行きに対する一定の予測と可能性のうえに成立しているものであるから、当該投資判断が当時の客観的諸状況及び投資顧問業者に与えられていた法令及び約定の規律に照らして明らかに合理性を欠いたものと認められる場合に、裁量権の逸脱があると認めるべきである。
2 被告会社及び被告澤田に与えられた契約上の規律
(一) 前記一1で認定したとおり、原告は、本件一任契約の締結に当たって「投資一任細則」を予め詳細に作成することによって被告会社(被告澤田)の投資判断を規律することはせず、単に「信託元本に対して年一〇パーセントの実現益を期末に達成すること」という達成目標のみを設定していたということができる。また、平成元年九月二五日付「投資一任契約細則」(甲四七)によれば、運用対象については原則として日本株式とする旨明記されているが、この点について鈴木が被告澤田から運用対象を変更した等の特段の説明を受けていないことからすれば、日本株式を主な運用対象とすることについては、本件一任契約締結の当初から当事者間に了解ができていたといってよい。さらに、前記一のとおり、ワラントに対する投資についても、被告澤田は、これを開始するに当たって、原告の当時の担当者である八木田から(個別銘柄毎ではなく運用対象としてワラントを選択すること自体について)了解を取り付けていた。
(二) 以上によれば、被告会社ないし被告澤田の注意義務違反の有無を判断するに当たっては、「日本株式を中心に、適宜ワラントも投資対象として組み入れながら、毎期末に信託元本に対して一〇パーセントの実現益を達成する」という投資方法及び達成目標に照らして、被告会社(被告澤田)による本件ファンドの運用に裁量権の逸脱ないしは濫用があったかどうかを検討すべきであるということになる。
本件一任契約の契約期間は一年間であるが、自動更新条項が付いており(甲一二)、その意味では契約が毎年延長されていくことが予定されていたわけであるが、主たる投資対象とされた日本株式の市場の動向とは無関係に毎年一〇パーセント以上の実現益を達成するという固定的な目標は、本件一任契約が締結された昭和六三年当時のような相場の上昇期が続くのであればともかく、下降期に入ったときには達成困難な高水準の目標となるのであって、本件一任契約に基づく本件ファンドの運用は、リスクの高い投資に傾斜し易い要因を内包していたということができる。
また、期末における実現益の達成を目標としたことは、本件ファンドが原価法を採用し決算時に評価損を計上しない仕組みであること(甲七七の二枚目等)からすると、いきおい実現益を優先して値上りした銘柄から売却していき、結果的に期末に多額の評価損を抱え、翌期の運用が困難になりがちであるということもできる(甲三三の一七二・一七三頁参照)。
三 被告会社及び被告澤田の注意義務違反の有無
1 本件ファンドの運用に全体的な注意義務違反があるか
(一) 前記一2(三)において見たところによれば、投資方針としての当否の問題はともかく、被告澤田は、前記一2(一)のような方針にしたがって本件ファンドを運用したものと認めることができる。
(二) そこで、被告澤田のとった投資方針に裁量権の逸脱があるか、即ち期末に一〇パーセントの実現益を達成するという目標に照らして、株式及びワラントを中心に短期売買をするという方針が明らかに合理性を欠くものといえるかどうかを以下検討する。
(1) まず、被告澤田のとった投資方針により、現実に第一期は目標を達成し、第二期にもほぼ目標に近い実現益を挙げたのであるから、被告澤田の選択した方針がおよそ目標実現不能のものであったということはできない。
次に、右方針が明らかに合理性を欠くといえるか否かを検討するに、明らかに合理性がないというためには、①期末に一〇パーセントの実現益を達成することが可能な他の投資方針(以下「代替案」という。)が存在すること、②代替案が被告澤田の投資方針と比較して明らかにリスクの少ないものであること、③代替案は、当時の一般の投資顧問業者であれば考慮の対象とすることが可能であり、かつ当然であるといえること、がそれぞれ必要であると考えられる。
原告は、被告澤田のとった方針がリスクの高いものであったことを非難するが、それは原告が安定的な運用を欲していたことを前提とした主張であって、前記のように本件一任契約において原告の設定した目標がそもそもそれなりのリスクを伴うものであったことを前提とすれば、代替案の可能性を抜きにして、単にリスクが高い方法であるということだけで被告澤田の裁量権の逸脱を認定することはできないといわねばならない。
(2) また、原告は、甲三三(田邊孝則著「間違いだらけの株式投資」)の一六四・一六五頁の記述を引いて、平成三年末までのデータを用いると、期待収益率一〇パーセントとした場合、株式39.9パーセント、債券60.1パーセントの組み合わせが最適であり、株式と債券の組み合わせで期待収益率達成のためのポートフォリオを組むことができるのであって、株式だけの頻繁な売買をしないと目標は達成できないわけではないと主張する。
しかしながら、甲三三の右記述は、その分析の根拠となったデータが平成三年末までのものであり、その意味では平成四年において期待収益率を一〇パーセントとしてポートフォリオを組む場合について述べたものであるから、本件一任契約が開始された昭和六三年七月ころについてそのまま当てはまるものではない。また、「期待収益率」という指標も、「期末における実現益」と同義にとってよいものかどうか疑問があり、期末において現実に配当可能な利益として計上できるのでなければ、本件一任契約上の目標は達成できないのである。
結局、原告の主張及び立証は、被告澤田のとった投資方針と具体的な代替案とを比較してその優劣を論じるには至っていないものといわざるを得ず、右(1)に挙げた基準に照らせば、被告澤田に裁量権の逸脱があったと認めるには至らないというべきである。
(三) ここで、平成二年二月及び同年八月にされた原告からの疑問提起(前記一2(三)(2)⑦、同(3)⑥)や平成二年一月の株式の大暴落及びこれに引き続く株価の低落基調という相場の大きな変動があったにもかかわらず、被告らが、昭和六三年前後に設定した毎決算時に一〇%の実現益を挙げるという投資方針を変更することなく維持し続けたことについて問題がないかどうかを検討する。
(1) 平成二年二月の疑問提起は平成二年一月の株式の大暴落を前提としたものであり、大暴落からわずか一、二か月しか経過していない時期のことでもある。この段階では、むしろ世間一般にも株価は回復するという見方の方が強く、被告らがその後の株価の低落基調を見抜いて投資方針を変更するという見極めをすることは極めて困難であったと言わねばならない。しかも、この時期を含む投資期間(第二期)の前半で本件ファンドで少なからぬ運用利益を上げ、この期間の決算時(平成二年六月)にも実現益をもたらしたのであるから、被告らが投資方針の変更の見直しに着手しなかったからといって、それ程非難されることではないといってもよい。
(2) 次に、平成二年八月における原告からの疑問提起についてはどうか。
被告らは、本件ファンドの運用によりこのころまでも実現益は上げてきてはいたものの、莫大な評価損をかかえていた。そして、株式の大暴落とその後の株価の低落基調で半年以上が経過していたわけであり、株式関連で保有する資産について、右の評価損が増大する危険があり、被告らも、そのことは当然察知していたものということができる。もちろん、被告らとしては、株式が反転値上がりして含み損が解消することを期待して、直ちに含み損状態の保有株式を売却して実現損にすることは潔しとはしなかったものである。しかし、(三)冒頭に挙げたような極めて異例の状況下にあるから、ここでどうすべきかの判断は極めて重大であり、顧客である原告に実情を詳細に説明した上、投資方針の変更の当否及び取引の実行方法等について被告ら自身の意見を述べて、原告の意思を確認するということがあっても良かったと思われる。一方は投資顧問業者であって投資の専門家、他方は専門家に取引を一任してその専門的能力に依存している顧客という関係にあるからである。
(3) ただし、右のようにしなかったという不作為が違法とまでいえるかというと、話はまた別であり、結論的には違法とまではいえないと解される。
というのも、平成二年八月頃、原告は、実現損が出たことのみを問題視して被告らに対しとにかく実現損を回復せよと迫っているのであって(甲三七の八・九頁)、平成二年七月分の月次報告書では同月中の実現損が合計約九六〇〇万円であるのに対して保有株式の含み損は約一億七〇〇〇万円、保有ワラントの含み損は約二億二〇〇〇万円になっている(甲三七添付の信託財産状況調査報告書)にもかかわらず、含み損の方は特に問題にしようとはしていない。また、その後、平成三年六月になって決算に実現損の計上が避けられないことが分かると、原告は、本件ファンドの決算期を先延ばししてまで問題の先送りを図っている。さらに、原告の個別の了解なしには本件ファンドの運用ができなくなった同年秋以降は、評価損を抱えた株式やワラントを処分して実現損を計上し、値下がりによる評価損の拡大を防止しようという姿勢は見られない。平成二年八月以降の原告の行動を含めたこれらのことから見ると、原告は、実現損が計上されて損失が表面化することを警戒して極力避けようとする方針を一貫して取っているということがいえるから、平成二年八月時点で、仮に被告らが原告に対して投資方針の転換を示唆し、含み損を抱えた有価証券類を大量に処分することにより評価損がこれ以上拡大する危険を回避し、その反面として右以前の評価損を実現損とするという選択肢を示したとしても、原告がそれに同意して投資方針を転換することはなかったと思われるのである。
他方で、被告らも、その後単に値上りを待つにとどまらず、少ない資金で大きな利益を上げられる可能性のあるワラント等を購入することによりむしろ積極的に損失を回復する可能性のある取引の実行にまで及んでいる。
したがって、平成二年八月頃に被告らが原告に前述のような点を説明しても、原告と被告らの両者が意見の一致をみて、実現損を出した上で投資方針を転換しようとしたとは考えにくく、反対に、両者一致で起死回生の損失回復に賭けてみようとした可能性が高いと考えられるのであり、結局、被告らが前述のような点を原告に説明したとしても、問題の解決にはならなかったということができる。したがって、被告らが説明をしなかったという不作為の問題は違法とまでの評価には結びつかないのであり(なお、後記2の(二)参照)、右の点をもって被告らの裁量権の逸脱ということはできないことになる。
(四) 原告は、被告会社において社内的な運用体制やチェック体制が整備されておらず、本件ファンドについて組織的なチェックが行われなかったこと自体が被告会社の注意義務違反であるとも主張するが、仮に原告主張のとおりの事実があったとしても、被告澤田の運用に裁量権の逸脱が認められない以上、それをチェックしなかったことが注意義務に違反した行為となることはない。
2 その他の問題
原告は、被告らの行為は全体として一体の注意義務違反行為として評価されるとしつつ、その具体的な現れとして、①親会社の手数料収入を目的とした過当取引、②株価下落局面でのワラントへの過大・偏在投資、③東海銀行から原告へのワラントの付け替え、④フレッシュ・システム・オープンの購入、を指摘するので、これらについても以下に検討することとする。
(一) まず、右①について、原告は、被告らが実質的な親会社である光世証券の手数料稼ぎのために過大な取引を行った(即ち第三者の利益を図って判断指図を行ったという裁量権の濫用行為)と主張するが、既に見たように被告澤田のとった運用方針が短期売買による実現益を積み重ねていくというものであった以上、中長期的に株式を保有し含み益の増加を図るという運用方針をとった場合とは対照的に、期間中の有価証券売買総額が大きくなり資金のいわゆる回転率が高くなるのはむしろ必然である。また、全体としてみれば株価の上昇局面では取引総額が大きくなり、下落局面では取引総額が小さくなる傾向がみられ、その意味では相場の動向とは無関係に多額の取引を繰り返していたとまでは認め難い。
したがって、被告会社(具体的には被告澤田)が光世証券の手数料稼ぎのために原告の利益に反する過当な取引を行ったとまで認めることはできず、右認定を左右するに足りる証拠はない。
(二) 次に、右②については、原告は、平成二年にワラントに対する投資比率が増大した時期を捉えて過大・偏在投資であると主張するようである。
確かに、平成二年中には本件ファンドにおいてワラントの占める比率が二〇パーセント弱から五〇パーセントを超える水準にまで拡大している。結果的にみれば、平成二年の株価は全体として大きく下落しているから、ワラントは多額の評価損を抱える結果となり、投資としては失敗であったといわなければならない。
しかしながら、それまで長期にわたって基本的には上げ相場が続いてきた中で、平成二年初めからの株価の下落がその後の長期にわたる株式相場の低迷の始まりであるということを的確に見抜くことは極めて困難であり、被告澤田が平成二年中にはいずれ株価が反発するという見通しを持っていたとしても、当時の一般的な状況を背景にすれば、それが明らかに誤った見通しであったとまではいいにくい。そして、保有株式が多額の評価損を抱えて思うように実現益をあげられず、また実現損を出してまで保有株式の処分ができないことにより手元資金が不足する中で、期末における一〇パーセントの実現益の達成という目標に縛られた被告澤田が、株価の回復に期待をかけて、株式より投資効率のよい(ただし危険も大きい)ワラントに対する投資に傾斜していったことは、それなりに理解できるというべきである。
結果的にはこの投資は失敗し、さらに評価損を拡大するに至ったが、株価の下落局面でなお目標の実現益を達成しなければならない(なお、平成三年六月に実現損の計上が避けられないことが分かると本件ファンドの決算期を先延ばししてまで問題の先送りを図った原告のその後の行動等をみると、この時点で被告澤田が安全策をとり、評価損を抱えた株式等を処分して実現損を計上しようとしたとしても、原告はこれを承知しなかったと考えられることは、既に述べたとおりである。)という被告澤田の立場も考慮すると、よりリスクの大きいワラントへの投資に傾斜したことをもって直ちに注意義務違反に当たるというのは困難である。
(三) ③については、証拠(甲五五の四から九頁、第一七回口頭弁論調書と一体となる被告澤田本人調書五八項)によれば、平成二年九月当時、被告澤田が被告会社において原告の本件ファンドの他に東海銀行のファンドの運用担当者でもあったこと、同月一八日、東海銀行のファンドで日本酸素、古河機械金属、住友金属鉱業及び三菱重工業の各ワラントが売却され、これを本件ファンドが買い入れたこと、右売買により東海銀行のファンドに利益がもたらされたことがそれぞれ認められる。
仮に右ワテントが市場での実勢価格を無視して売買されたのであれば、原告の損失において東海銀行に利益を与えたということができ、右行為は被告らの債務不履行ないし不法行為となるといいうるが、そのような事実を裏付ける客観的な証拠はない。なお、この点について、被告澤田は、東海銀行からの要望で売却したが、有望な銘柄であったので本件ファンドでの買付を行ったと説明している(乙一四の一九・二〇頁)。
原告は、「ワラントの付け替え」に関し、被告会社の元役員であった青木三朗(以下「青木」という。)の陳述書(甲五五の四から九頁、甲一〇五の四九頁から五一頁)を主たる証拠として挙げるが、青木は被告会社から多額の金銭を横領していたとして被告会社より損害賠償を請求され、民事訴訟で請求原因事実を認めて敗訴していること(乙一七)に照らすと、青木の陳述書の内容をそのまま真実として受け取ることはできないというべきである。
以上によれば、被告澤田による不当なワラントの付け替えという点については、その可能性をうかがわせるような外形的事実は認められるものの、積極的にこれを認定するに十分な証拠はないといわなければならない。
(四) ④については、投資信託を本件ファンドに組み入れたことが直ちに被告らの注意義務違反にあたるかのような原告の主張は、それ自体が疑問であるうえ、原告が問題とするフレッシュ・システム・オープンの購入は平成四年一月のことであって、既に被告澤田の判断による自主的な運用は原告によって事実上止められていた時期のことであり、購入は原告側の判断の結果であったということができるから、これをもって被告らの本件一任契約上の注意義務違反と評価することはできない。もちろん、購入を推奨するにあたって被告澤田が違法な説明を行っていたとすれば、それがひとつの債務不履行ないし不法行為を構成する可能性があるが、そのような説明の事実を認めるに足りる証拠はない。
3 まとめ
以上によれば、被告らに本件一任契約上の債務不履行ないしは不法行為があったと認めることはできないから、原告の本訴請求は理由がない。
四 被告会社による投資顧問報酬請求権
右にみたとおり、被告会社には本件一任契約上の債務不履行があったとは認められないから、原告は被告に対して、未払の投資顧問報酬を支払うべき義務があり(平成三年秋ころからは被告会社による自主的な運用はされていないが、これは原告の要求により事実上そのようになっていたものであって、本件一任契約自体は継続していた以上、投資顧問報酬の支払義務は免れない。)、被告会社の反訴請求は理由がある。
(なお、被告会社が主張する本件一任契約上の報酬支払についての約定は、期中に本件ファンドの信託元本に増額があった場合のみ規定している(「争いのない事実等」3(一))が、期中に信託元本の減額があった場合は、衡平の観点から報酬額も減額されるべきものであるということができ、そのような見地からすると、期中に信託元本の減額及び増額があった平成三年度(平成三年七月一日から同四年六月三〇日)において被告会社が原告に対して請求できる報酬額の総額は、別紙の1記載のとおりになるということができる。)
五 結論
以上によれば、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却し、被告会社の反訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官岡光民雄 裁判官庄司芳男 裁判官杉浦正典)
別紙<省略>